2011年9月14日水曜日

神社新報9月12日付紙面より

神社新報より気になった記事をば.


一面 紀伊半島豪雨について

台風十二号 各地で被害 熊野那智大社では土砂流入


九月三日から四日にかけて四国・中国地方を縦断した大型の台風十二号は、多数の死傷者・行方不明者を出すなど列島各地に甚大な被害を齎した。神社関係でも和歌山・熊野那智大社(那智勝浦町)で土砂崩れが発生し、大量の土砂が本殿に押し寄せるなど各社で被害が生じてゐる。
台風十二号はひじょうに遅い速度で列島を縦断し、西日本から北日本にかけての各地に記録的な大雨を降らせた。土砂災害や河川の氾濫などの影響による死者・行方不明者は和歌山・奈良・三重などの各県で約百人に及び、家屋の全半壊や浸水、田畑の冠水などを含め、その被害は広範に及んでゐる。
神社関係では、熊野那智大社で裏山が崩れ、本殿の第五殿若宮と第六殿八社殿との間から土砂が流入。瑞垣や社宅などを含め境内諸施設に被害があったほか、巨岩の崩落により那智大滝下方の文覚の滝が消滅した。
神社本庁では各神社への聴取・神社庁からの報告等を通じ、被害状況の把握に努めてゐる。

9月1日,NHKラジオでは,先の震災をふまえて東海東南海地震にどう備えるかというテーマで紀伊半島の市町村の防災訓練場から中継を結んでいたように記憶している.折しも大型で遅い台風12号が近づく中であった.そこで登場されていた方々が被災されたかどうかは分からないが,なんとも切ない気分になる.
いまだ現地は混乱し,道路の寸断により重機も入れないと伝わる.奈良県ではダムの決壊が予断を許さないという.

来年のNHK大河ドラマは「平清盛」である.
最近は「王家」表記問題で騒がれているが,熊野三山・熊野詣といえばまさに平清盛の時代に盛んになったものである.(白河法皇・鳥羽法皇・後白河法皇の時代)
どうにか,このNHK大河ドラマ「平清盛」をきっかけとして全国から手が差し伸べられないだろうか.



一面 コラムより

記者のことのは

マスコミ各社による野田佳彦新政権の内閣支持率は,概ね六〇%前後であった.菅前首相の退陣をめぐる混乱で一時は一割台となってゐたのと比べ,数字的には反転した格好だ.

(中略)

現行の世論調査は時々における国民の刹那的感情を見る上では有効かもしれないが,熱し易く冷め易い我が国民は兎角時流に流され易い.神社人たる我々は,移ろひ易い「世論(せろん)」ではなく,本質を見据ゑて時局を捉へる「輿論(よろん)」を胸に神明に奉仕したいものだ.

神社人でないにしても,全く同感.

右向け右でも左向け左でも,もしくは言うことを聞かずにどっちも向かずに立っているのも,
ただなんとなく周りと同じ動きをしているだけとか,意味もなしに右向いて左向いてしているのと,目的があって身体を動かしているのでは全く違う.
今の国民は大方,ただなんとなく右向いて左向いてしていて,だいたいそうやって右向かせたり左向かせたりしているのはマスコミである.だからこそ世論とは「作られる」ものである.
本来であれば政治家こそが号令をかけて国民を導くべきだと思うが,今の政治家のほとんどが「国の未来」を見据えていない.



五面 コラム〈杜に想ふ〉より

ふたつでひとつ? 須浪伴人

翻訳などといふ仕事をしてゐると、それぞれの言語がもつ多様性や制限に悩まされることがしばしばある。先日も友人からとある質問を受け、頭をひねった。友人は、どうやら「世界遺産」といふ言葉に違和感を覚えたらしい。曰く「誰の持ち物でもないだらうが」。
大学時代の先生が「広辞苑ぐらゐ見ておいてください」と仰ってゐたことを思ひ出しながら、辞書で「遺産」の意味を確認すると、第一義には「死後に遺した財産。すなわち人が死亡時もっていた財産」と書かれてゐた。これでは友人が変に思ふのも無理はない。
世界遺産はいくつかの種類に分かれてをり、我が国では文化遺産の件数が最も多い。その中には神社そのものや、神社を含む地域一帯が指定されてゐるものもある。指定内容の詳細については省略するが、これらの神社が「死後に遺した財産」でないことは言ふまでもない。問題は「World Heritage」を「世界遺産」としか訳せなかったことにある。

英語には「遺産」と訳される言葉がいくつかある。その中で我々日本人が耳にする機会が多いのはheritageとlegacyだらう。前者には「先祖から受け継いでいくもの」といふ意味があり、これはまさに「世界遺産」といふ制度が意図してゐるものと一致する。一方、車の名前にもなってゐるlegacyは遺言等によって相続する財産であり、こちらは先に紹介した辞書に書かれてゐる意味と一致する。
「文化遺産」と「遺産相続」ではぞれぞれ「遺産」の意味が違ふことぐらゐ、ある程度の日本語が話せる人ならすぐにわかる。もちろん、お昼のドラマで世界遺産の相続をめぐる骨肉の争ひが繰り広げられることもない。
しかし、疑問に思って辞書に相談すると最初に出てくるのは相続する種類の遺産。中にはそれ以外の意味が説明されてゐないものさへある。おそらく「世界遺産」のやうな使ひ方は一般的ではなかったのだらう。

微妙に異なる意味を一つの言葉で表現することよって生じる混乱は、実はこれまでにも数多くあり、神社関係では「神」といふ言葉がひとつの重要な例として挙げられる。神社神道の「神」と一神教の「神」では、性質に異なる点が多い。それにも拘らず現在はどちらも同じ「神」といふ言葉で表現される。外国語に訳す場合も単に「god」といふ言葉を使ってしまひがちだが、これでは感覚的な違ひが伝はらない。

違ひを明確にするため、宗教学の分野では神道の神々を「kami」と表記することがあるが、まだまだ一般的とは言へず、最近では当の日本人でさへ自分たちの神々を一神教の神と同一視してしまふ傾向が強い。言ひ方は悪いが、これでは日本の神々が外来の神に乗っ取られてしまひかねない。
単に翻訳の都合と済ますことはできない。言葉は文化の根本である。
(神職・翻訳家)

熊野三山を含む紀伊山地一帯の寺社・熊野古道は,「紀伊山地の霊場と参詣道」として“世界遺産”に登録されている.
はじめに挙げた今回の紀伊山地豪雨.
今回ダメージを受けた寺社・古道を“遺産”にしてはいけない.そう思った.

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